星野仙一考
子供のころに読んだ小噺である。
檀家さんから、おいしい大福を頂いた和尚さんが、小僧たちにも食わしてやろうと、起こしに行った。ちょっとマセた小僧は、「起こされて、すぐに返事をしたら、夜更かしをしてたと思われる」と考えた。そこで、一回目に起こされた時には、寝ているふりをして、もう一度起こしてくれたときに、ちょっと眠そうに起きようと算段したのである。
が、お越しに来た和尚さんは、返事をしない小僧を見て、「おお、よく寝ておるな。起こしてやるのもかわいそうじゃ」と、他の小僧を起こしはじめた。談笑しながら大福を食べているみんなの声に、悶々とした小僧は、ついに自分で起きて行って「和尚さん、お呼びですか?」とやった。みんなは、その小僧の慌てっぷりに大笑いした。
星野仙一氏は、優れた政治家である。議員ではないので、政治家という物言いは、正確ではないかもしれないが、政治的手腕、嗅覚に優れている。ことに、マスコミを利用した情報操作や、実力者に取り入る術は、機を見るに敏である。
北京五輪における、「日本プロ野球」の失墜については、もはや語りつくされた感もあり、ここでは新たに語ることはない。ただ、星野仙一氏が、野球指導者として、テレビやスポーツ新聞が報じるほどのスーパーマンではないことが、露呈したしまったことには、一言付け加えておきたい。また、その後のテレビ出演等で、言い訳に終始した星野氏に、過去「理想の上司」に一票投じた人たちも、残念な思いをしたであろうことは、想像に難くない。
そもそも、星野仙一という人は、投手としても、指導者としても、特筆すべき成績を挙げたわけではない。中日の監督時代には、上原晃や与田剛、森田幸一といった才能あふれる若手投手を、一つ覚えのように来る日も来る日も登板させて、次々と潰していった印象が強い。五輪の川上憲伸・岩瀬仁紀の、鬼の起用を見て、当時を思い出した人も多いだろう。20年前と、なんら変わっていないのである。
新庄剛志は、現役時代、ヒーローインタビューで何を言おうか考えながら、プレイしていたことがあると、明言したことがある。これは、1プレイヤーだからこそ、許されたものである。星野氏の采配には、これぞ闘将の野球と、思って欲しいんだろーなー、という青写真が見え隠れすることがある。わかりやすく言えば、上原浩治再建宣言である。原辰徳監督の心中いかばかりか。星野氏より年少だから、表立って不満を述べないから言えたことであろう。
また、「仲良し内閣」と揶揄された、田淵幸一・山本浩二両コーチについては、僕は、星野仙一という人の、寂しさを感じる。星野氏と両氏は、六大学時代にしのぎを削った盟友である。つまり、親友は、大学時代にまで遡らねばならなかったということであり、投手出身者に至っては、山本浩二繋がりで、大野豊氏に頼む他なかった。鈴木孝政や高木守道・宇野勝など、ぱっと思いつくだけでもコーチとしての働きを期待できる中日OBはいても、星野氏とのつながりは希薄である。
上昇志向が強すぎて、周りの人間に目が向かなかった男の悲哀すら感じた。
さて、星野氏は、ご自身のサイトにて、WBCの監督にはつかない旨、仰っていたが、当然、星野氏の思惑は、別のところにあるのは、ご承知のとおりである。御用新聞のうち、サンケイスポーツは、この発言を一面に持ってきた。スポーツ報知は、ジャイアンツの敗戦を敢えて一面に置き、星野発言は全く表面化させなかった。相変わらず両面からアドバルーンを揚げて、反応を探る方策をとったのである。
星野氏の描いたシナリオは、こうである。
星野氏がWBC監督就任を拒否→白紙に戻った監督人事で球界が紛糾
→準備のためにも早期に監督を決定する必要性が生まれる
→(読売報知を中心に)やはり星野氏でなければという「世論」が生じる
→「ぜひ星野さんに!」の声に「しゃあないなあ…」と重い腰を上げる
そんな星野氏の姿を見て、冒頭に申し上げた小噺を思い出したのである。
もうひとつ、アキレス腱断裂という大怪我を乗り越え、中日の4番打者として活躍した、
谷沢健一が引退を決断したといわれるアドバイスを思い出した。
曰く「男は、引き際を誤ってはいけない」
発言の主は、当時の中日監督、星野仙一である。


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